Column コラム

山本 崇雄

  • 横浜創英中学・高等学校副校長
  • 教育系コンサルタント

「誰も取り残さない学校」を支える3つの視点〜新年度こそパブリック・リレーションズ(PR)

2026.04.22

対話を通して育てる、学校の「倫理観」「双方向性コミュニケーション」「自己修正」

 新年度の学校には、独特の緊張感があります。新しい教室で少し落ち着かない表情を見せる子、誰に話しかけようか迷っている子、逆に張り切って声を出している子。職員室でも、新しい学年や校務分掌が始まり、期待と不安が入り混じる空気が流れます。僕は、この新年度という節目こそ、学校におけるパブリック・リレーションズ(以下PR)の視点を大切にしたいと思っています。PRというと、発信や広報のことだと思われがちですが、僕が考えるPRは、目標や目的を達成するために、相手との関係をどう築き、どう育てていくかという営みです。そしてその土台にあるのが、「倫理観」「双方向性コミュニケーション」「自己修正」の三つです。学校は、まさにこの三つを対話の中で育てていく場です。新しい関係が始まる新年度だからこそ、その視点を持てるかどうかが、一年の土台を大きく左右するのではないかと思います。

まず土台にしたい倫理観――「誰も取り残さない」

 まず大切にしたいのは倫理観です。僕は学校における倫理観を、「みんながハッピーであるために、誰も取り残さない」という言葉で捉えたいと思っています。たとえば新年度最初のホームルームでは、「みんなでいいクラスをつくろう」と語る場面があると思います。でも、その“みんな”の中には、すぐに言葉を出せる子もいれば、人前で話すことに強い不安を感じる子もいます。

 教室の空気を読むことに必死な子もいれば、新しい環境そのものが苦しい子もいます。明るく反応できる子だけに合わせて教室が動いていくと、静かな子や戸惑っている子は、最初の段階で見えにくくなってしまいます。だからこそ、僕たち教師は「参加しているように見える子」だけでなく、「まだ参加できていない子」に目を向ける必要があります。いきなり全体の前で発言を求めるのではなく、まずはカードや付箋で気持ちを表せるようにする、ペアで話してから全体に広げる、話すこと以外の参加の仕方も認める。そんな小さな工夫の背景には、一人ひとりの幸せを基盤に教室をつくるという倫理観があります。

 職員室でも同じです。気になる生徒について話すときに、「あの子は消極的だ」「やる気がない」で終わるのではなく、「どうしたら安心して関われるだろう」「何があれば参加しやすくなるだろう」と問い直すことが大切です。倫理観とは、きれいごとではなく、目の前の子どもを取り残さないために、僕たちの見方を変えることなのだと思います。

双方向性コミュニケーションは、相手の立場に立つことから始まる

 次に育てたいのが双方向性コミュニケーションです。これは単に、話し合いの回数を増やすことではありません。大切なのは、自分が伝えたいことを先に置くのではなく、相手の立場に立って、相手が知りたいことは何か、必要としているものは何かを考えることです。新年度の教室では、担任として伝えたいことがたくさんあります。提出物のこと、授業中のルール、係活動、行事への向き合い方。けれども、教師が「伝えるべきこと」を一方的に並べていくだけでは、生徒は受け身になってしまいます。

 本当に必要なのは、「このクラスで不安なことはある?」「どんな雰囲気だと安心できそう?」「どんな関わり方をされるとうれしい?」と、生徒の側にある思いや見え方を聴くことではないでしょうか。そこにエンパシーが生まれます。相手の立場に立つというのは、相手に合わせすぎることではありません。対等な対話を重ねながら、お互いの見ている景色を少しずつ重ねていくことです。

 職員室でも同じです。学年会やケース会議では、どうしても自分の役割や立場から意見を出しがちです。でも、「この提案は生徒にどう届くだろう」「保護者からはどう見えるだろう」「担任の負担感はどうだろう」と、互いの立場を往復しながら話すことで、単なる情報共有が、関係を築く対話に変わっていきます。学校における双方向性コミュニケーションとは、話す技術というより、相手の世界に想像力を伸ばす姿勢なのだと思います。

対話の中で育つ自己修正――手段は一つではない

 そして三つ目が自己修正です。僕は、この視点が学校現場ではとても重要だと思っています。新年度には、誰しも理想の学級像や学年像を思い描きます。こんなクラスにしたい、こんな空気をつくりたい、こんな一年にしたい。その思いはとても大切です。でも実際に日々が始まると、最初に考えていたやり方がうまくいかないことはたくさんあります。

 たとえば、「全員が発言できるクラスにしたい」と考えて毎時間発表を促しても、それがプレッシャーになってしまう子もいます。「忘れ物をなくしたい」と思って厳しくチェックを始めたら、かえって不安の強い子を追い詰めてしまうこともあります。そんなときに必要なのが自己修正です。相手の立場に立ってみると、目標は同じでも、そこに至る手段は一つではないことに気づきます。発言が難しいなら、まずは書くことから始めてもいい。全体の場がつらいなら、小集団でのやり取りから始めてもいい。持ち物管理が苦手なら、本人の努力不足と捉えるのではなく、仕組みを変えることもできる。

 対話を重ねる中で、「このやり方しかない」と思っていた自分の考えを少しずつ修正しながら、よりよい手段を選び直していくのです。職員室でも、年度当初に決めた方針や支援の枠組みを、そのまま守ることだけが正解ではありません。現場の声を聴きながら、柔軟に見直していくことが、結果として目標達成につながります。自己修正とは、ぶれることではなく、目標を大事にしているからこそ、より適した方法を選び続けることなのだと思います。

新年度こそ、PRの視点を学校の真ん中に

 新年度は忙しい時期です。目の前の準備や対応に追われ、つい「まずは回すこと」が優先されてしまいます。でも、僕はそんな時期だからこそ、PRの視点を学校の真ん中に置くことが大切だと思っています。誰も取り残さないという倫理観を土台にし、相手の立場に立った双方向の対話を重ね、その中で自分たちの考えや手段を自己修正していく。この循環がある学校では、教室も職員室も、単に業務をこなす場ではなく、関係を育てる場に変わっていきます。

 新年度は、その最初の文化をつくる大切な時期です。最初にどんな言葉を交わすのか。どんな聴き方をするのか。どんな子に目を向けるのか。うまくいかなかったときに、どれだけ柔らかく見直せるのか。その一つひとつが、その後の一年を形づくっていきます。だからこそ、新年度こそPRの視点を大切にしたいのです。学校に必要なのは、上手に伝えることだけではありません。目の前の相手と誠実に関係を築き、その関係の中でよりよい学校をともにつくっていくことです。

 僕は、新しい一年の始まりにこそ、その原点に立ち返りたいと思っています。新年度こそ、パブリック・リレーションズの視点を。そこから、誰一人取り残さない学校づくりが始まるのだと、強く感じています。