Column コラム
山本 崇雄
- 横浜創英中学・高等学校副校長
- 教育系コンサルタント
高校無償化の死角——学校が「サービス業」になったとき、教育の本質はどこへ?
2025.06.10

いま話題の「高校無償化」。政府は所得制限を撤廃し、より多くの家庭に授業料支援が行き渡るよう制度を拡充しようとしています。一見すると理想的な改革に思えますが、本当にこれが教育の質を高める最短ルートなのでしょうか?今回はパブリック・リレーションズ(以下PR)の視点で述べていきたいと思います。
ここで改めて、PRの定義を紹介したいと思います。
PRとは、『個人や組織体が最短距離で目標や目的を達成する、「倫理観」に支えられた「双方向性コミュニケーション」と「自己修正」をベースとしたリレーションズ(関係構築)活動』です。
教育政策にもこの視点が必要です。制度や支援の拡充といった“手段”が、子どもたちの「学ぶ力」を引き出すという“目的”と一致しているかどうか。関係者との丁寧な対話と、状況に応じた柔軟な見直し——つまり双方向性コミュニケーションと自己修正の姿勢が今、問われています。
見かけの「無償化」が覆い隠すもの
現行の「高等学校等就学支援金制度」は授業料の支援に限られ、入学金・教科書代・制服代・部活動費などは依然として家庭の自己負担です。私立高校ではこれらが年間数十万円にのぼる場合もあり、「無償」とは名ばかりの現実があります。
ここでは話を単純化するために、「もしすべてが完全無償化されたら」という前提で、教育現場に起きうる変化を考えてみます。
「とりあえず高校へ」で生まれる学びの空洞化
経済的ハードルが下がることで進学率が上がるのは望ましいことです。しかし、目的意識を持たない「とりあえず進学」の選択が増えれば、学ぶ姿勢の空洞化が進むリスクも否めません。
2021年の東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所の調査によれば、「勉強しようという気持ちがわかない」と答えた高校生は61.3%。2年前より6.7%も増加しており、この傾向がさらに加速することが懸念されます。
教師に押し寄せる「サービス提供」の圧力
主体性の乏しい生徒が増えることで、教師は「サービス提供者」としての役割を強く求められるようになります。授業準備、個別対応、生活指導など、本来は生徒の能動性によって補われるべき部分まで教師が担うことで、結果的に教育の質が低下してしまう現象を現場で何度も目にしてきました。
これでは、教師も疲弊し、生徒も受け身のまま。誰にとっても本来の「学びの場」ではなくなってしまいます。
今こそ必要な「関係構築」と「教育投資」
こうした課題に対して、PR的な視点——すなわち倫理観・双方向性コミュニケーション・自己修正に立脚した関係構築の発想が鍵を握ります。
学校現場の最前線にいる教師や生徒、保護者といったさまざまなステークホルダーとの丁寧な対話(双方向性)を通じて、現状を正しく把握し、必要に応じて制度を見直す(自己修正)こと。そして、教育とはそもそも何を目指すべきかという価値の再確認(倫理観)が、制度運営の土台として欠かせません。
では、どんな「教育投資」が本当に必要なのでしょうか?
・生徒が自ら学ぶ目的を持てる環境づくり
・柔軟なカリキュラムと自己選択型の学習計画
・地域課題や社会課題とつなげるプロジェクト型学習
・AIやICTを活用した個別最適化された学習支援
これらはすべて、関係構築型の教育改革の一例です。単にお金をかけるのではなく、生徒一人ひとりの“関わりの質”に投資していく視点こそが、無償化の次に求められています。
「教育とは何か」を問い続ける社会へ
教育改革とは、制度の変更ではなく、関係の再構築であるべきです。
「何のために学校に行くのか」
「何のために学ぶのか」
こうした問いに立ち返りながら、子どもたちと真剣に対話し、教育の目的を共有する社会を目指しましょう。
無償化のその先には、「学ぶことの喜び」と「未来を切り拓く力」を育てる教育があってほしい。そのためには、制度をつくる側と、現場の声を届ける側が対等に関わり合いながら、関係を築いていくことが必要なのです。
注
本記事は山本 崇雄のnote記事「高校無償化の死角—学校のサービス業化で失われる教育の本質」(2025年4月26日)をPRの視点で加筆修正したものです。
https://note.com/takao_y/n/nb9acc0deca19?sub_rt=share_sb
参考資料
東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所『子どもの生活と学びに関する親子調査2021』
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0204_00002.html
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山本 崇雄
2025.06.10
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