Column コラム

なぜ学校教育にパブリック・リレーションズが必要か(4)〜コミュニケーションを双方向にするためのエンパシー〜

2024.01.13

 みなさん、こんにちは。パブリック・リレーションズを学校教育に導入していくことの意義についてシリーズで書かせていただいています。第4回の今回はパブリック・リレーションズを支える3つのキーワードの二つ目である「双方向コミュニケーション」について書いていこうと思います。
 今年の冬休みの観光地を見ると、どこも外国人で溢れていました。日本の抱える少子高齢化の現状を見ても、これからのビジネスにグローバルな視点は不可欠で、観光などのインバウンドで外国人を呼び込むことは重要です。一方で、観光客の大幅な増加はオーバーツーリズムなどの問題を引き起こしています。さまざまな問題を解決するためには、日本国内においても多様な文化背景を持つ外国人とコミュニケーションを取らなければならない時代になったと言えます。
 それでは、これからの時代に必要なコミュニケーション能力をどのように育てていけばいいのでしょうか。学校教育におけるコミュニケーション能力の育て方をパブリック・リレーションズの視点で考えてみましょう。
 まず、パブリック・リレーションズでは、コミュニケーションにおける対話は対等でなければならないと言われています。相互理解を深めるために、情報を一方的に伝えるのではなく、情報発信者と受信者がお互い情報を受け与え合うことが重要ということです。Public Relations for Schoolのテキストでは、これを「対等に対話を重ねること」という表現にしました。
 しかし、外国人を含め、多様な価値観で構成される現代社会で、双方向性の誤解のないコミュニケーションをするのは簡単ではありません。その原因を考える上で、まず日本人の伝統的なコミュニケーションの方法と海外との違いを理解しておくことが重要です。
 日本におけるコミュニケーションは、「空気を読む」「行間を読む」「忖度する」「以心伝心」といった “言葉で言わなくても通じる” ハイコンテクスト文化と言われています。一方、海外でのコミュニケーションは言語で伝えることを重視するローコンテクスト文化です。そこでは日本独特の阿吽の呼吸は通じません。さらに、日本自体も多様化が進み、ローコンテクスト文化に変わりつつあると感じます。
 ですから、ローコンテクスト文化におけるコミュニケーション能力は現代社会において、誰もが手に入れなければならないものであり、学校教育の果たす役割は大きいと考えます。しかし、日本の教育を見ると「心を一つに」とか「思いやり」といったハイコンテクスト文化を重要視しており、これでは世界に通用するコミュニケーション能力は育ちません。

 演出家の鴻上尚史さんはインタビューで次のように述べています。

“気持ちって、思うだけじゃ伝わらないので。技術が必要なんだよ。つまり日本人はつい、気持ちさえあれば伝わるとか、気持ちがひとつになればとか、絆とか言いがちなんだけど、気持ちって技術がないと伝わらないのね。俺たちには想像力というものがあって、つまり自分がその体験はしていないけれど、もし体験していたら、どういうふうになるだろうかっていうことを、突き詰めようとするということなのね。”

 つまり、シンパシー(感情的な同情)では不十分で、エンパシー(相手の立場に立っての共感)がコミュニケーションを双方向にしていくのです。

 ですから、学校でも子どもたちのコミュニケーションをエンパシーベースにしていかなければ「対等な対話」は実現しないわけです。以前、鴻上さんが中学1年生にシンパシーとエンパシーの違いをシンデレラの物語を使ってわかりやすくお話ししてくださいました。

“「シンデレラはかわいそうだな」はシンパシーで、「シンデレラの継母はどうしてあそこまでシンデレラに冷たく当たったんだろう?ひょっとしたらシンデレラの魅力をわかっていて、実の娘が勝てないと思ったからなのか」とか、「再婚するまでシングルマザーとして2人の娘を抱えて経済的にしんどかったから、娘に王子との結婚を強く求めたんだろうか」とか考えるのがエンパシーです。”

 よく、日本の学校では、「自分がされて嫌なことは相手にしてはいけないよ」と話すと思いますが、これでは不十分です。「自分がされて嫌なことは相手も嫌とは限らないし、自分がされて嬉しいことは相手も嬉しいとは限らない。だから、相手の立場に立ってコミュニケーションすることが大切だよ」と伝えていかなければ、エンパシーの能力は育ちません。
 より多様化していくローコンテクスト文化では、学校教育も情緒的、感情的なコミュニケーションではなく、エンパシーベースのコミュニケーションスキルを高めていかなければなりません。
 Public Relations for Schoolのテキストを使えば、実社会の事例を通して、コミュニケーションのスキルを学ぶことができます。テキストでは第三章で、「対等に対話を重ねること」として双方向コミュニケーションの実例を取り上げています。ここでは、米国の航空会社の合併の事例を通して、様々なステーク・ホルダー(関係する人たち)とどうコミュニケーションをしていくかを社長の立場で考えていきます。このような事例と組み合わせると、学校と社会の対話のスキルがシームレスにつながっていきますので、ぜひ参考にしていただければと思います。
次回は、試行錯誤しながらより良い方向に進むこと(自己修正)についてお話ししていきます。

参考文献:井之上喬『パブリック・リレーションズ第2版』(日本評論社, 2015年)
参考記事:逆風のコロナ禍を経て見えた“演劇の可能性”とは(NHK News Web, 2024年1月8日)
     https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240108/k10014309961000.html?fbclid=IwAR3yWbVeD9UaaelkjRg7jweb5IjPdJ2HwM1IHGPmIrJiY3FeInJd2DWrNg8
    「コロナと演劇」シリーズ#3 鴻上尚史(ほぼ日刊イトイ新聞, 2021年4月26日)
     https://www.1101.com/n/s/shoji_kokami/2021-06-12.html