Column コラム
庄子 寛之
- ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員
- 元公立小学校教員
小中学生テキスト「ももたろうで考えよう」に込めた思い
2026.02.28
なぜ「ももたろう」のお話からテキストが始まるのか
はじめまして。小中学生テキストを作った庄子と申します。テキストを作ってから、コラムを書くまでに時間が空いてしまいました。すみません。改めて、小中学生テキストを作った思いについてお話させていただければと思います。もしテキストをお持ちでしたら、見ながら読んでいただけたらありがたいです。
まず、第一章には「ももたろうで考えよう」があります。みなさん、ももたろうのお話を知っていますか?知らない人はいないかもですね。日本一有名なお話と言ってもよいでしょう。
川から流れてきた桃から生まれたももたろうは、おじいさんとおばあさんに大切に育てられます。やがて鬼が村人を苦しめていることを知り、犬・猿・キジを仲間にして鬼ヶ島へ向かいます。そして鬼を倒し、宝物を持ち帰ります。村人はとても喜びましたという、勇気と正義の象徴とした多くの人に語り継がれてきた物語です。
物語を「鬼の子ども」の立場から見てみる
しかし、このテキストでは、様々な角度から考えるように作られています。それは、ももたろうに殺された鬼の親としての思いや、その鬼の子どもの立場です。
鬼にも家族がいます。鬼の子どもにとって、ももたろうは村を救った英雄ではなく、自分の親を殺した存在です。村人が喜んでいるその瞬間、鬼の子どもは深い悲しみの中にいるかもしれません。そこを想像していきます。同じ出来事であっても、立場が変われば見え方はまったく変わるのです。
ここにパブリック・リレーションズの本質がある
日本パブリック・リレーションズ研究所では、「パブリック・リレーションズ」を、「個人や組織体が最短距離で目標や目的を達成する、『倫理観』に支えられた『双方向性コミュニケーション』と『自己修正』をベースとしたリレーションズ(関係構築)活動」と定義しています。
まず大切なのは、倫理観です。相手がどんなに悪い存在だとされていても、命を奪うことは本当に正しいことなのでしょうか。正しさとは、誰にとっての正しさなのでしょうか。正しさは、立場によって違う。たとえ全人類によいことでも、環境によくないこともあるでしょう。正しさや倫理観ということは、絶対ということはなく、時代や立場によって変わっていくものです。
次に、双方向性コミュニケーションです。自分の立場からだけでなく、相手の立場から世界を見ることができるかどうか。鬼の子どもの視点に立ったとき、私たちの感じ方は変わります。私は授業などで子どもたちに話すとき「正義の反対は正義」と話しています。苦手な人でも話してみるといい人ということはよくあることです。
そして、自己修正です。もし自分が鬼の子どもだったら、どうしてほしかったでしょうか。もし自分がももたろうだったら、他の選択はあったでしょうか。考えることで、自分の行動や考えを見直すことができます。自分の倫理観に偏りがあり、双方向コミュニケーションをとってみたら、自分も悪かったと気づけば、自己修正すればいいだけなのです。遅いことはありません。今から変えればよいのです。
子どもだけでなく、大人も一人の人として考える教材
これは子どもだけの話ではありません。大人の世界でも同じことが起きています。自分にとっての正義が、誰かにとっては悲しみになることがあります。自分の当たり前が、相手を傷つけていることもあります。それでも私たちは、自分の立場からしか世界を見ることができなくなってしまうことがあります。だからこそ、立場を変えて考える力が必要です。
このテキストは、小学校低学年の子どもでも考えられるように構成しています。しかし本当に考えてほしいのは、子どもだけではありません。教師と児童生徒、親と子ども、大人と子どもが一緒に対話しながら考えてほしいのです。
「正解」ではなく「問い」を生み出すために
そしてもう一つ大切にしたかったのは、「正解を教えるテキスト」ではなく、「問いを生み出すテキスト」にすることでした。ももたろうは正しかったのか。鬼は本当に悪だったのか。もし自分がその場にいたらどうしたのか。こうした問いに向き合う中で、子どもたちは自分の考えを持ち、他者の考えに触れ、関係を築いていきます。パブリック・リレーションズとは、まさにその過程そのものです。
ももたろうという、誰もが知っている物語だからこそ、自分とは異なる立場を想像することができます。そしてその想像力こそが、他者とより良い関係を築くための出発点になります。
パブリック・リレーションズは日常の中にある
このテキストが、子どもたち一人ひとりにとって相手の立場から世界を見る力を育むきっかけとなり、互いを理解しようとする関係が社会に広がっていくことを願っています。パブリック・リレーションズとは、遠い世界の専門技術ではなく、私たち一人ひとりの日常の中にある、生き方そのものだと考えます。
興味をもったかたは、まず一冊取り寄せていただければと思います。また使った感想などもいただけるとうれしいです。
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