Column コラム

楢島 知哉

  • 三田国際科学学園中学校・高等学校 教頭
  • グローバル教育アドバイザー

日本の教育に、もう一度希望を取り戻すために ―― 対話・倫理・そして自己変革の視点から ――

2026.01.03

「日本はもはや先進国ではない」

最近様々な場面でこの言葉を聞くようになりました。この言葉を聞くと、少しショックを受ける方もいるかもしれませんが、私もいつからか「日本はもはや先進国ではないのではないか」と考えるようになりました。

しかし、私がこの言葉を口にするのは、日本を否定したいからではありません。
むしろ、日本が再び世界の中で誇れる国として歩んでほしいという願いからです。

戦後の日本は、目覚ましい成長を遂げました。多くの人が安定した暮らしを手にし、「国民総中流階級」と呼ばれる時代もありました。しかし21世紀に入り、グローバル化やIT革命が進む中で、私たちの社会は変化のスピードに追いつけていないように感じます。特に「多様性」や「個の尊重」といった価値観を受け入れる点では、まだ課題が残っています。

日本社会には、「出る杭は打たれる」という言葉が象徴するように、周囲と違うことを避ける文化があります。しかし今必要なのはその反対、つまり違いを認め、互いに学び合う「双方向のコミュニケーション」です。一方的に誰かが正解を示す時代は終わりました。これからの社会は、立場や世代を越えて意見を交わしながら、一緒に答えを探していくことが求められています。それは教育の現場でも、家庭でも、職場でも同じです。

教育の分野に目を向けると、「日本の教育は150年間変わっていない」と言われます。
戦前・戦後を通じて、秩序や集団性を重視する20世紀型の教育が日本の発展を支えてきました。
しかし今、私たちは急速に変化する21世紀の社会に生きています。


「規律」や「思いやり」を大切にしつつ、同時に「対話」や「創造」を重視する教育へ―。
それが、自己修正を重ねて成長してきた日本の教育が次に目指すべき姿ではないでしょうか。

私が勤務する学校では、アクティブラーニングやPBL、STEAM教育などの21世紀型教育を積極的に導入しています。生徒たちが主体的に学び、異なる意見を尊重しながら共に解を探す姿には、これまでの教育にはなかったエネルギーを感じます。

こうした教育は、一方的な講義型授業よりも「双方向の学び」に基づいています。
まさにPRが重視する“対話”と同じ原理が教室の中で機能しているのです。

20世紀型教育
一方通行型・講義型授業、知識重視=暗記が命、協調性・規律優先、同調圧力強め、集団至上主義、など
21世紀型教育
相互通行型授業、アクティブラーニング、PBL(Project Based Learning)、思考力(論理的・批判的・水平的思考力)、4技能英語教育、ICT教育、プログラミング教育、STEAM教育(Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics)、SDGs、など

上記の21世紀型教育の多くは海外の教育をモデルにしていると言われています。ただし、当然のことながら海外の教育がすべて良いわけではありません。日本の初等教育・中等教育は世界でも高く評価されていますし、多くの先生方が子どもたちのために情熱を注いでいます。一方、高等教育や学びの姿勢には、もう少し「厳しさ」と「目的意識」が必要かもしれません。

海外の大学は、入学は比較的容易でも、進級・卒業には相応の努力が求められます。学びとは本来、“自分と社会を変える行為”です。その意識をもう一度取り戻すことが、教育の倫理的な再出発になるのではないでしょうか。

教育にかける公的支出がOECD諸国で最下位という現実もあります。けれど、悲観するのではなく、そこから「どうすればよくなるか」を一人ひとりが考えることが大切です。教育は、国任せではなく、社会全体で支えるものです。私たち大人が「子どもたちにどんな未来を手渡したいか」を語り合い、行動する。それこそが、社会の倫理であり、PRが目指す“共創”の姿だと思います。

批判ではなく対話を。
嘆きではなく提案を。
そして停滞ではなく自己修正を。

パブリックリレーションズにおける3つの原則「双方向コミュニケーション」「倫理観」「自己修正」、この三つの姿勢を持つことで、日本の教育も社会も、もう一度前を向けるはずです。

教育の未来を悲観せず、希望を語る。
その対話の輪を、家庭や地域、職場へと広げていくことが、いま私たちにできる一歩だと思います。
その小さな一歩が、きっと日本をもう一度「学び続ける国」に変えていくはずです。