Column コラム

山本 崇雄

  • 横浜創英中学・高等学校副校長
  • 教育系コンサルタント

教室を越えて“関係”を学ぶ──国際交流とパブリック・リレーションズの可能性

2025.10.21

国際交流は“関係づくり”を学ぶチャンス

最近、横浜創英中学・高等学校には、韓国やアフリカ、フィンランドなど、さまざまな国から留学生や修学旅行生の訪問が増えています。ただの「異文化体験」ではなく、学校全体で「どうすれば未来につながる関係構築を学べる交流になるか」を丁寧に考え、デザインしています。

文化紹介や英語でのやりとりももちろん行われますが、それだけにとどまりません。生徒たちは、相手の国の背景や文化を事前に調べながら、「自分たちが伝えたいこと」ではなく、「相手が知りたいことは何だろう?」「どんなことを体験したいと思っているのか?」と想像を働かせます。そして、発表の内容が一方的になっていないか、相手の立場に立って見直し、必要に応じて修正を加えていきます。

実際の交流の場面でも、「自分たちがやりたいこと」だけで進めるのではなく、「今、この相手にとって心地よい過ごし方は?」「この活動は楽しんでもらえているだろうか?」と、その場その場で相手の様子を感じ取りながら、行動を調整していく姿が見られます。こうしたプロセスそのものが、“関係を築く”学びとなっているのです。

こうした姿勢は、まさにパブリック・リレーションズ(PR)の実践です。PRとは、目標を達成するためにステークホルダーと信頼関係を築く活動であり、その根底には「相手を尊重し、双方向の関係をつくる」という思想があります。国際交流の場が、生徒たちにその姿勢を実地で学ばせる絶好の機会になっているのです。

「相手の立場に立つこと」がすべての出発点

パブリック・リレーションズの基盤には「倫理観」がありますが、僕はこの倫理観を“エンパシー(共感力)”と重ねて考えています。相手の立場や感じ方を想像し、自分の言動を調整できる力――これが教育においても非常に重要です。

国際交流でも、つい「自分たちの活動をどう見せるか」「伝えたいことをどう伝えるか」に意識が向きがちです。しかし、相手の文化や価値観を想像し、「この表現はどう受け取られるだろう?」「自分だったらどう感じるだろう?」と一歩踏み込んで考えることで、交流の深さは大きく変わってきます。

このエンパシーの姿勢は、教室での日常的な人間関係――先生と生徒、生徒同士、学校と地域――にも通じます。一人ひとりの関わり方が、相手への想像力に支えられていれば、トラブルや誤解も減り、より安心できる学びの空間が生まれます。つまり、エンパシーは“関係づくり”における最も大切な土台なのです。

「伝える」だけじゃなく「聴く・問いかける」

国際交流の質を高めるうえで、もうひとつ大切なのが「対等な対話」です。情報を一方的に“伝える”だけでは、本当の意味での関係性は生まれません。相手にも“語る機会”があること、つまり「聴く」「問いかける」ことで初めて、お互いが学び合える関係になります。

横浜創英の取り組みでは、海外からの訪問生徒に対して、生徒たちが事前に質問を用意し、答えを聴く中で自分たちの文化や価値観の前提に気づく場面が数多く生まれています。「そちらではどうしてるの?」「それってどういう意味?」といった素朴な問いを通して、お互いの違いと共通点に気づき、心の距離がぐっと縮まります。

こうした対話は、まさに双方向性コミュニケーションの実践です。問いかけがあることで、相手も「自分のことを知ろうとしてくれている」と感じ、関係が対等になります。授業づくりでも地域との連携でも、この姿勢は大きな意味を持つのではないでしょうか。

振り返って、やり方を変えてみる

どれだけ丁寧に準備しても、すべてが思い通りにいくわけではありません。だからこそ、交流後に「どうだったか」を振り返ることが大切です。うまくいかなかった点も含めて見つめ直し、次に活かしていく――このプロセスが、パブリック・リレーションズにおける「自己修正」の考え方です。

たとえば、「説明に偏りすぎてしまった」「あまり相手の声を引き出せなかった」と気づいたとき、それを責めたり隠したりするのではなく、「次はどうすればもっと良くなるか」をみんなで考えることが、成長につながります。こうした振り返りの文化が根づくことで、学校全体の学びの質も高まっていきます。

この自己修正の力は、生徒にとっても教師にとっても、これからの不確実な社会を生きるうえでの大きな武器になるはずです。

これからの学校に求められる“関係づくり”の力

日本社会は、少子高齢化やインバウンドの増加など、これまでにない速さで変化しています。学校にも、異なる文化や言語、価値観をもつ子どもたちや保護者が増えており、「これまで通りのやり方」では通用しない場面が増えてきました。

だからこそ今、学校には「誰と、どんな関係を築くか」「その関係をどう育てていくか」という“関係のデザイン”が求められています。そこにこそ、パブリック・リレーションズの視点が大きなヒントになります。

「相手の立場に立つ」「対話を重ねる」「ふり返って修正する」――この3つを意識するだけで、学校と地域、学校と世界との関係は大きく変わります。国際交流という実践の中で、そうした関係づくりの力を育てることができれば、生徒たちは社会に出たあとも、多様な人々と協働し、前向きに歩んでいけるはずです。