Column コラム
山本 崇雄
- 横浜創英中学・高等学校副校長
- 教育系コンサルタント
パブリック・リレーションズの視点から生徒の“今”を見つめるーーー夏休み明け、なかなか波に乗れない生徒への伴走のスキル
2025.09.20

前回、「生徒との関係を編み直す9月――パブリック・リレーションズ(以下PR)の視点で考える生徒との対話」というタイトルで、夏休み明けの生徒と丁寧に対話をしていくことの重要性を書かせていただきました。
https://pr-for-school.com/column/yamamoto/1204/
今回は、それでもなかなか学校生活に馴染めない生徒にどのように継続的に伴走していくかをPRの視点でいくつかの具体例を通して紹介していきます。
PRとは、「個人や組織体が最短距離で目標や目的を達成するために、倫理観に支えられた双方向性コミュニケーションと自己修正をベースとしたリレーションズ(関係構築)活動」です。ここでいう「パブリック」とは「公共」ではなく、「社会」あるいは「一般社会」を指します。つまり、目標を達成するために関わるべき相手との関係をどう築き、どう維持するか。その総体がパブリック・リレーションズです。
このPRの考え方は、教育現場においても非常に有効です。特に、夏休み明けに「学校生活の波にうまく乗れない」生徒たちに対して、教師がどのように関係を築き、支えていけるかを考えるうえで、大きなヒントを与えてくれます。
PRの三つの柱は、「倫理観」「双方向性コミュニケーション」「自己修正」です。少し言い換えると、
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倫理観は「みんながハッピーであること」、具体的には「相手の立場に立って考える、ズルをしないこと」
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双方向性コミュニケーションは「対等な対話を重ねること」、つまり「お互いにしっかりと話して、しっかりと聴く姿勢」
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自己修正は「試行錯誤しながらより良い方向に進むこと」、つまり「うまくいかなくてもやり方を変えて、またやってみる力」
こうした視点を持ちながら、生徒の「今ここにあるしんどさ」にどう寄り添い、「できるかも」「やってみたい」と思える関係を育てていけるか。今回のコラムでは、その具体的な関わり方を、PR的なまなざしから掘り下げていきたいと思います。
1. 「学校がしんどい」の背景にあるもの──PR的まなざしで見つめる生徒の“今”
夏休み明け、生徒Aさん(仮名)は顔色が冴えず、登校してきてもいつも一言も発さずに席に着くようになっていました。朝、言葉がけをしても小さく会釈するだけで、目も合わせようとしません。授業中も集中が途切れがちで、提出物も遅れがちです。けれど、「ただ怠けている」の一言で片づけてはならない理由があります。家庭環境で何か変化があったかもしれないし、友人関係で傷つく経験があったかもしれない。あるいは、長い休みで生活リズムが崩れてしまい、朝起きること自体が心理的な負荷になっている可能性もあります。
ここで、教師が取り得るPR的視点は「判断を保留して観察を始める」ことです。「最近、少し疲れているようにも見えるけど、私にできることあるかな?」などと、様子をたずねるような言葉がけを心がけて、生徒にとって安心して話せる環境を整えていきます。具体的には、最初の1週間はAさんの様子を記録する。朝の登校時間、廊下での様子、休み時間の行動などを注意深く見て、「何がきっかけで表情が変わるか」「誰といるときに少し笑顔になるか」といった変化を捉える。この観察が、のちの対話や支援のヒントになります。
この取り組みは、できれば学年を受け持つ複数の先生方と連携して行うことをおすすめします。たとえば、朝の時間帯や休み時間に、担当する学年の先生が変わるがわるAさんに言葉がけをしたり、様子をメモして共有したりすることで、気づきの解像度が高まり、見逃しや思い込みのリスクが減ります。こうしたチームでの取り組みは、チーム担任制の大きな強みです。複数の視点で一人の生徒を見守ることができれば、より的確な支援につながりますし、教師自身の安心感にもつながります。
人の変化に丁寧に寄り添える人ほど、「答えを急がない観察力」と「沈黙のなかにある意味を感じ取る感性」を大切にしているように思います。教師もまた、生徒のしんどさを正面から受け止めようとするとき、こうした感性が大きな力になるのではないでしょうか。
2. 「なんとなく気になる子」への言葉がけが、信頼の第一歩になる
言葉がけというのは、「大ごと」でなくても、日常の隙間から入るものです。ある日、Bさん(仮名)が教室に入ってきたとき、少し疲れた表情をしていました。教師C先生は、「おはよう、今日も来てくれて嬉しいよ。朝、何かあった?」と言葉がけをしました。Bさんは一瞬驚いた様子でしたが、「ちょっと寝坊して朝食を抜いちゃって…」と答えました。C先生は、「少し休んでから教室に来ることもできるけど、どうしたい?」と選択肢を示して自己決定を促します。それによって、Bさんは「先生は自分を責めない」「気づいてくれている」という安心感を得て、少しずつ話すようになっていきました。
このような言葉がけは、何気ないようでいて、生徒との関係性を育てるうえで大きな意味を持ちます。「あなたの存在に私は関心を持っている」「困っているときには頼っても大丈夫」というメッセージが、言葉の奥に込められているからです。また、信頼関係を築くには、継続性が何よりも大切です。1回のやり取りで終わらせず、次の日にも「昨日より顔色いいね」「今日はどんな朝だった?」と少しずつ距離を縮めていくことで、生徒の中に「この人には話しても大丈夫かもしれない」という思いが芽生えていきます。具体的な言葉がけに迷ったら、「おはよう!」と明るく挨拶をするだけでも構いません。複数の先生が日替わりで気軽に言葉がけをすることで、少しずつ関係性が温まり、「どこかで自分を見てくれている人がいる」という安心感が生まれます。
3. うまくいかなくても大丈夫──教師自身の“自己修正力”を味方にする
言葉がけをしても反応が薄かったり、誤解を招いてしまったりすることは、どの教師にもあります。しかし、それを引きずらずに「改善していこう」という態度こそが、生徒にとって信頼できる存在になる鍵です。
Dさん(仮名)は、グループ活動に対して消極的で、話し合いの場でも発言を避けがちでした。担当のE先生は最初、「よかったら、グループでの話し合いに少しだけ加わることもできるけどどうする?」と促しましたが、Dさんはほとんど口を開きませんでした。そこでE先生はアプローチを見直し、「まずは他の人の意見をメモするという方法もあるよ」と伝え、参加のハードルを下げる言葉がけに切り替えました。さらに、「書いたメモの中で共感した部分を一言だけ伝えたり、メモを見せるという選択肢もあるよ。自分ではどうしたい?」と、具体的な行動の選択肢も提示しました。 活動後には、「さっきの言葉、グループのみんなも頷いてたね」とフィードバックを加え、「次に同じような場面があったら、どんなふうに参加してみたい?」と問いかけ、自己修正の視点を促しました。
こうした関わりは、「一度でうまくいかなくてもいい」というメッセージを生徒に届けるものです。試行錯誤しながら前に進むことは、生徒だけでなく教師にとっても日常のことです。そのプロセスを生徒と共有することで、「一緒に成長していける関係」が育っていきます。
4. 目標を持てる毎日に──「できた」を支える教師のひと言
目標設定は、ただ「〇〇をする」という形式的なものではなく、生徒に「意味」を感じさせるものが良いです。小さな目標を一つずつクリアしていく経験は、「自分にもできる」という実感を生み、それが自己肯定感を育てていきます。目標と手段を教師と生徒で共に設定することが、その第一歩になります。
Eさん(仮名)は教室での対話に苦手意識があります。F先生は、まず「自分の言葉で何かを伝えてみる」といった小さな目標を一緒に設定しました。Eさんは、「何を話せばいいか分からない」と不安を口にしましたが、F先生は「たとえば『難しい』『簡単』『面白そう』って感じたことをそのまま言うのも1つの表現だよ。短くても、自分の言葉で大丈夫。どうする?」と、具体的な言葉の選び方や切り出し方を示しながら手段の選択肢を提示しました。 対話の後には「自分の意見を相手に伝えられたね」と丁寧にフィードバックしつつ、「もし、もう一度やるとしたら、どう話しかけてみたい?」と問いかけ、自己修正の視点を促しました。こうした小さなステップの積み重ねによって、Eさんの中には「やってみる→振り返る→次はこうしよう」というサイクルが育ち、苦手意識が少しずつ「できるかもしれない」という感覚に変わっていきます。──そんな何気ない言葉が、生徒の中にある「やってみようかな」の芽を育てるのです。
繰り返しになりますが、言葉がけの基本はありのままの生徒を観察するところから始まります。そこから、生徒の立場に立ってどんな言葉をかけてほしいかを考える。教師が言いたいことではなく、生徒がかけてほしい言葉をPRの視点で紡いでいくことが大切です。
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