Column コラム

山本 崇雄

  • 横浜創英中学・高等学校副校長
  • 教育系コンサルタント

授業はひとりではできない──新年度に見直したい“関係性”のデザイン

2025.04.23

新年度が始まると、新しい学年やクラスという集団との出会いがあります。例えば担任を持つ立場になった時、まず「どんな生徒がいるのか」「どう関わっていこうか」といったことに意識が向きがちです。でも、その子がどんな環境で生活しているのか、どんな人たちと関わって日々を過ごしているのかといったことまでは、なかなか意識が向きにくいものです。

けれど実は、授業や日々の教育活動は、決して僕ひとりで成り立っているわけではありません。子どもたちの学びを支えているのは、教室の外にいる多くの人たちとの関係性です。言われてみれば当たり前のことかもしれませんが、日々の忙しさの中では、その「つながり」への意識が薄れてしまうこともあるのではないでしょうか。

たとえば、ある子が忘れ物を繰り返すとき、つい「また忘れたの?」と注意しがちですが、その背景に家庭での支援が難しい事情がある場合や、学習支援員さんの存在が必要なケースもあります。一人ひとりの子どもを理解するには、その子の背景や周囲の関係性に目を向けることが欠かせません。

この記事では、そんな「関係性」を見直す視点として、パブリック・リレーションズ(以下PR)の3つの理念──①倫理観、②双方向コミュニケーション、③自己修正──を手がかりに、年度当初に意識しておきたいことを、僕自身の実感も交えながら考えてみたいと思います。

 

ステークホルダーって誰のこと? 〜授業は一人ではできない〜

授業というと、教室の中だけの出来事のように感じられるかもしれません。でも実際には、たくさんの人たちに支えられている営みなんです。校長先生や教頭先生といった管理職の先生方、学年・教科の同僚、特別支援教育コーディネーター、ALT、スクールカウンセラーなど、校内だけでも関係者は多岐にわたります。さらに視野を広げれば、保護者やその祖父母、学童や放課後等デイサービスのスタッフ、地域の町内会の方々や近所の方まで、子ども一人を取り巻く関係はとても広く、重層的です。

たとえば、何か問題行動を起こした子に対して、どんな言葉をかけるでしょうか。つい感情的になったり、高圧的な口調になってしまったりすることもあるかもしれません。でも、そんなときこそ一歩立ち止まり、その子の背景や周囲のステークホルダーの存在を思い出してみてほしいのです。僕たちが発する言葉は、決してその子ひとりにだけ向けられるものではありません。その子に関わる人たち──家庭、支援者、地域の方々──にも届き、時に影響を与えるものです。

あなたの言葉が、誰かを知らず知らずのうちに傷つけてしまってはいないか。そう考えるだけで、言葉の選び方や関わり方はきっと変わってくるはずです。一人の子どもを見るということは、その子の“背後にいる人たち”にも目を向けること。僕自身も、そうした視点に助けられ、言葉を見直す機会が何度もありました。

先生ひとりでは気づけないことも、周囲との連携を通じて見えてくる。だからこそ、自分の授業や関わりが、誰と、どんなふうに影響し合っているのかを、年度のはじめにあらためて確認しておくことが、とても大切だと僕は感じています。

 

共通のゴールをつくる 〜PRの理念① 倫理観〜

PRの第一の理念は「倫理観」。これは、「誰も取り残さない」「みんながハッピーになれる」ような価値観を共有することです。学校現場ではこれまで、「最大多数の幸福」を目指す傾向がありました。つまり、クラスの多くの子が満足していればOK、という考え方です。でも、今は一人ひとりの違いが尊重されるべき時代。僕はこれからの教育には、「最大“多様”の幸福」を目指す倫理観へのアップデートが必要だと考えています。

たとえば、体育の授業で「運動が苦手」と感じている子がいたとします。全体のペースに合わせた活動を続けていると、その子の自信はますます失われてしまいます。そんなときに、保健室の先生と相談し、個別のゴールや役割を用意したことで、その子が「体育が嫌いじゃなくなった」と話してくれたことがありました。

誰にとっても安心できる場所をつくること。それが僕たち教師にできる“倫理的なまなざし”ではないかと思います。PRの理念が教えてくれるのは、「全体最適」だけでなく、「個別最適」と「関係の最適化」を目指すという、新しい教育のあり方なのだと思います。

 

教師と保護者の垣根を越えるには? 〜PRの理念② 双方向コミュニケーション〜

PRの第二の理念は「双方向コミュニケーション」。つまり、相手の声に耳を傾け、対等な立場で対話を重ねていくことです。僕自身、学級通信や連絡帳などで情報を「伝える」ことは意識してきましたが、保護者の声を「受け取る」ことには、まだまだ工夫の余地があると感じています。

あるとき、保護者の方から「家でまったく勉強に向かわないんです。どうしたらいいか、わからなくて…」と相談を受けたことがありました。僕はその子が学校で楽しそうにしていた場面をお伝えし、「自分の考えを発表したあとの表情がとても生き生きしていましたよ」と話しました。すると保護者の方が、「あの子は“わかる”よりも、“わかってもらえる”ことが嬉しいタイプなんですね」と受け止めてくださり、「家でも一緒に話す時間を増やしてみます」と前向きな言葉を返してくれました。

こうしたやりとりは、子どもの理解を深めるだけでなく、保護者との信頼関係も築いていく力になります。一方通行ではなく、互いの声を聴き合う関係こそ、これからの教育に必要だと僕は思います。

 

間違えてもいい、一緒によりよくなろう 〜PRの理念③ 自己修正〜

PRの3つ目の理念は「自己修正」。うまくいかないことがあっても、そこから学び、よりよい方向へ進んでいこうとする姿勢です。教師である僕自身も、日々の実践のなかで「これはうまくいかなかったな…」と感じることがたくさんあります。でも、そこから「じゃあ次はどうしようか?」と考えることが、次の一歩につながると信じています。

たとえば、子どもたちの反応がいまひとつだった授業のあとに、「今日の授業、どうだった?」と聞いてみたことがありました。すると、「説明が早すぎた」「自分の考えをもっと出したかった」といった声が返ってきて、それをもとに授業の進め方を工夫したところ、子どもたちの表情が明るくなっていきました。

教育は、常に「未完成なプロセス」だと思っています。正解ではなく、改善を重ねていける関係づくり。間違えても、それを共有し、修正し合える関係。そうした土壌こそが、教室の信頼や学びの深まりを支えているのではないでしょうか。