Column コラム

パブリック・リレーションズが導くAI活用の未来— 主体的な学びと倫理的リテラシー

2024.12.25

これまで約30年間、英語の授業をしてきた中で、生徒の英語力が大きく伸びる瞬間を何度も目にしてきました。しかし、それは決して僕の授業が「うまくいった」ときではありません。生徒自身が「なりたい自分」を見据え、主体的に学び始めたときこそ、彼らの英語力が確実に伸びていく手応えを感じられる瞬間でした。思い返せば、これまで出会った数千人の生徒たちの学び方は、本当に多種多様でした。一人として同じ学び方をする生徒はいなかったと言っても過言ではありません。それだけ、生徒一人ひとりの学び方には個性があるのです。

しかし、教室での一斉授業では、教師が学習理論や自分自身の経験をもとに「こう学ぶべきだ」と学び方を一元化してしまうことがあります。もちろん第二言語習得理論など学習理論や「学び方」を教えることは重要です。しかし、同時に「〜すべき」という固定観念が、教育の中で構造的排除を生む要因となることがあることを理解しておかなければなりません。例えば、「英語学習は対面での会話が本質だ」という学び方の考え方は正しいように見えますが、その一つの「正解」が、コミュニケーションが苦手な生徒や緊張して言葉が出ない生徒にとって、大きな壁になってしまうことがあります。この「こうあるべき」に適応できない生徒は、自分の力を信じられず、学びへの意欲さえ失ってしまうことがあるのです。

ここで注目したいのがAIの活用です。AIとの英語学習に対して「人間同士の対話こそが本物だ」「表現の裏にある文化を教師が教えるべきだ」という批判もありますが、これも学び方を一元化する考え方です。AIは、対面が苦手な生徒にとって「安心して挑戦できる場」になります。AIとの対話なら、何度間違えても咎められることがなく、生徒は自分のペースで学び続けることができます。失敗を恐れずに練習することで、少しずつ自信をつけ、次のステップへと進む力を育んでいくのです。

従来の「一つの学び方」に縛られている状況では、多様な学び方を必要とする生徒は「できない」と判断されがちです。しかし、問題は彼らの能力ではなく、学びの手段が限られていることにあります。AIは、生徒一人ひとりの理解度や特性、興味に合わせた学びを提供することで、取り残されがちな生徒にも新しい学びの機会を生み出します。これはまさに、DE&I(多様性・公平性・包摂性)を実現する取り組みであり、OECDが掲げる「Wellbeing(個人と社会の幸福)」にもつながるアプローチです。

ただし、AIの導入には誤解や不安がつきものです。「AIは人間らしい学びを奪うのではないか」「AIによって本物のコミュニケーションは育つのか」といった懸念は、教育現場でも頻繁に耳にします。また、文書作成などがAIで手軽に行えるようになり、誰もが簡単に情報の発信者となれる時代になりました。しかし、その一方で、フェイクニュースによる社会の混乱が生じている現状を考えると、情報の発信者や創作者としての倫理観がこれまで以上に問われています。ここで重要なのは、「みんながハッピーになる」という倫理観と「相手の立場に立つエンパシー力」です。情報発信者は、単に自分の意見や知識を伝えるだけでなく、受け手がどのように感じ、どのように受け取るかを想像し、責任を持って発信することが求められます。

このように、パブリック・リレーションズ(以下PR)の視点で、倫理観に基づいた情報リテラシー教育を充実させるとともに、教師や教育者は生徒や保護者と双方向のコミュニケーションを行う必要があります。「AIが教育にどう貢献するのか」「なぜ必要なのか」を丁寧に伝え、共通の目的やビジョンを共有することが重要です。

AIの活用は一方的に進められるべきではなく、現場の声を反映しながら自己修正を重ね、より良い活用法を見出していくことが求められます。その上で、学習者が「なりたい自分」に向かうための手段としてAIを活用し、自分に合った学習方法を主体的に選択できる流れを築くことが大切です。

AIの活用は、決して対面でのコミュニケーションを否定するものではありません。むしろ、AIによって自信をつけた生徒が、その先で対面の会話に挑戦し、学びの喜びを実感するケースも増えています。AIは「学びの選択肢」を広げることで、生徒たちの成長を支え、「人とつながる力」を育むための土台を築いてくれるのです。それに至る学び方を選ぶのは、教師ではなく、学習者自身であることを忘れてはいけません。

教育の本質は、「こうすべき」という一つの枠に生徒を当てはめることではありません。生徒一人ひとりの学び方を尊重し、それぞれが主体的に成長し、自分らしく学べる環境をつくることです。AIが柔軟で多様な学びを提供することで、構造的排除が解消され、すべての生徒に光が当たる未来が広がります。そして、教師や教育者がPRを意識しながらAIを適切に活用することで、生徒たちは自信を持ち、自らの可能性を信じて学び続けることができるでしょう。