Column コラム

山藤 旅聞

  • 新渡戸文化中学校・高等学校副校長
  • (一社)旅する学校代表理事

ネガティブ・ケイパビリティとパブリックリレーションズ

2025.04.04

 みなさんは、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を聞いたことはありますか?ここでは、ネガティブ・ケイパビリティを「不確実な状況や答えのない問題に直面した際に、すぐに結論を出そうとせずに、その状態を受け入れたり、答えの出ない状態に耐える力」と定義したいと思います。

 

 この言葉に出会ったきっかけは、生徒と私(教師)の「対等性」について向き合っていた時でした。なぜ、「対等性」について向き合っていたかといいますと、本校では、教育目標として「自律」や「生徒を主語に」を大切にしているからです。この目標達成には、生徒と私(先生)との関係性において、「対等性」が重要だと考えています。しかし、自分の教育活動を振り返ってみると、私(先生)から生徒への指示命令が多く、生徒と私の間で、対等性が成立していないことを修正したいと思っていました。対等性については、パブリック・リレーションズ(以下PR)においても、双方向性の対等なコミュニケーションは大切な概念の1つです。そもそも、PRは、目標達成のために、組織体が内外で関わるさまざまなパブリック(ステークホルダー)との広範なリレーションズ活動が求められ、そこでは双方向性の対等なコミュニケーションを重視するという考え方ですから、PRの観点からも、ステークホルダーである生徒と私(先生)の関係性において、対等性は重要になると考え、どうにか自分の考え方や生徒への関わり方を修正していきたいと思っていました。

 

 教育現場で意識はしていても、ついつい対等性ではない関係性を作ってしまう私が、常に対等性を意識できているときはいつかを考えると、学校の外でした。ここでは、関わる人たちの分野が異なるためか、年齢を問わず謙虚な気持ちで言葉を交わす場面が多くあることに気が付きます。しかし、学校では「先生が生徒に教える」「生徒が先生から学ぶ」という文化が根強いためか、生徒と私(先生)の間の対等性については、意識を強く持たないといつの間にか指示命令になりがちです。

 

 教育現場では一見すると、分かっていることを、先生から生徒に伝えれば良いとされたり、先生が生徒にお膳立てをして、生徒はその枠組みの中で学ぶことが期待される場面が多いとも感じます。ここに受験が絡むと、知識を詰め込み、正確に、そして制限時間内に素早くアウトプットすることが重視されたり、このことが私たちに求められたります。ここを意識的に修正していきたいと思い、脳科学の本を読んでいた時に、「ポジティブ・ケイパビリティ」と「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉に出会いました。前者は、不確実で不可解な状況に際して素早く判断し、積極的に解決策や答えを求めていく態度や大切な能力のことで、既存の学校現場に強く広がっている感覚を覚えました。その結果、大人が「早く早く」と急かしたり、競わせたりする場面もあるように思います。その逆の視点が、「ネガティブ・ケイパビリティ」という考え方でした。

 

 ネガティブ・ケイパビリティという言葉に出会えたことで、生徒たちができないことや、分からないことに対して、私(先生)の焦りや苛立ちは生じにくく、むしろ分からないことを楽しみ続ける姿勢が、私にも生徒たちにも育まれるようになってきました。教える側の私(先生)も、「必ずここまで到達させよう」とか「つまづかないように助言をしよう」と思って、ついつい指示命令が多くなってしまいがちでしたが、ゆったりと構えることができるようになってきました。競争するのではなく、じっくり、一人ひとりのペースで課題に向き合うことを尊重できる心構えを持つことができるようにもなって来たため、「待つ」ができるようになってきました。こうなると私から生徒への声掛けは、「この課題に対して、諦めずに向き合っていますね。僕(大人)に何かお手伝いはできるでしょうか。」と生徒の考えやアイデアを待てるようになったり、「答えは僕(大人)も持っていないから、焦らず、じっくり一緒に考えましょう」と待てるようになりました。この待つという姿勢が、生徒と私の対等性も生み出せるようになってきたと思います。

 

 ネガティブ・ケイパビリティを知ったことで、私の課題だった生徒と私の関係性は、生徒の状態を問いかけたり、まずは生徒の気持ちを傾聴する姿勢から入るように、結果、待てるようになりました。すると、指示命令の関係がついつい出てしまう私のスタンスが、目指していた生徒と私との対等な関係性に近づいてきます。結果的に、教育目標である生徒の「自律」や「生徒を主語に」の達成にも近づいていく感覚も持てるようになってきています。

 

 こうしたネガティブ・ケイパビリティが学校文化になってくると、時間をかけて、じっくりと取り組むことが価値とされる文化へと変化するかもしれません。よく考えてみると、人生には答えのある問題よりも、答えのない問題の方がはるかに多く存在します。そう考えると、学校でも、「ネガティブ・ケイパビリティ」をもっと重視してもいいのではないかと思います。具体的には、探究活動への応用が考えられます。探究活動では、誰かが答えを持っている課題ではなく、大人もまだ未解決で答えのない課題をテーマに時間をかけて向き合うことが大切だと考えています。そうすることで、時間をかけて自分のテーマを見出し、調べたり分析して、何らかのアウトプットを導く探究のサイクルに入っていける生徒が増えるのではないかと思います。

 

 今回はネガティブ・ケイパビリティの考え方で、じっくり時間をかけることを良しとする感覚を持ち、生徒と私の対等性が生み出しやすくなった事例を紹介しました。また、PR for schoolの大切な考えでもある倫理観をベースに双方向性の対等なコミュニケーションと間違ったら自らを修正することを体得することにもつながる私自身の経験でした。読者の皆さまの何かのヒントになれば幸いです。