Column コラム
観光産業が”本物の城”を減らす!?
2022.10.04
10歳くらいのころ,おじいちゃんにねだって彦根城のプラモデルを買ってもらったことがありました。
私は物心ついた頃から日本の歴史が好きで,その中でも戦国大名や城には格別の関心を持っていました。
今でも,城や城址を観光する際は,入るときは攻め手の気持ちで,帰りは篭城する気持ちで,その地形や城の構造を読み解くことにしています。
なので,この『日本に「本物の城」は12しかない…城めぐりを楽しむ人たちに伝えたい姫路城と小田原城の決定的違い』(プレジデントオンライン 2022/10/01)を読んだとき,この歴史評論家さんの気持ちにとても共感しました。
復元のされている城の多くにはガッカリさせられます。観光しやすさを優先すると,城は攻め取られやすい設計で復元されてしまうのです。僕は「当時の大名がこんなにおかしな設計をするわけない!」と憤慨するわけです。
でも,私やこの歴史評論家さんほどの気持ちの人はどのくらいいるのでしょうか。
多くの一般人は,観光しやすい方がいいし,観光的に見栄えが良い方がいい,と考えるでしょう。
ですから,行政や担当者がそのように考えることについては理解できます。
僕やこの歴史評論家さんは,当時の建築法や外観を再現し,後世に「遺産」として残すことに価値を感じている。一方で行政は観光客がたくさんくる仕様にして,経済的な利益を享受したい。
ここに両者の最上位目標が食い違っている以上,そこに立ち返らなければなりません。
最上位目標を合意した上で,最適な手段を考えないと,両者の溝は埋まることがありません。
戦後の民主主義は,経済効果をもたらす方が正解で,それを「多数決」という仕組みが導きやすくしていました。逆を返せば,少数派を犠牲にしても経済的利益が優先されるシステムであり,私はこのシステムを見直した方がいいと考えています。
パブリック・リレーションズの最上位目標は「倫理観」が重要なベースになっています。
基本的には,「最大多数の最大幸福」の功利主義的な考え方を持ちつつ,そのとき生じる少数の人たちの幸福も補完する義務がある,と考えます。
先の例でいえば,「多数の人に経済的利益をもたらしながらも,文化遺産としての価値を後世に遺すことが義務である」と考えます。
天守のない城,一見地味な城であっても、私はそこに価値があると伝えることは可能だと思っています。
例えば,お寺や神社はどうでしょうか。焼失したり地震や津波で倒壊しても,創建当時の様式で復元している例がほとんどですね。
記事の中では城の屋根の「破風」という部分を増やすという改悪例もありましたが、おそらく見栄えを良くしようと考えたのでしょう。
もし,慈照寺銀閣に銀箔を貼るという案があったとしたら,あなたは賛成したいと思いますか?
最近は,名古屋城の改築に伴い,エレベーターをつけるかどうかといった論争もありました。
さて、あなたはどう考えますか?